曲芸の皿回しは、沢山の皿を回して拍手喝采を浴びますが、日常生活でずっとこれをやり続けても、誰も褒めてはくれません。
それどころか、必死になって皿を回していることが、いつの間にか当たり前になってしまい、皿を回している理由を考えることもなく、ただ消耗していくことになります。
しかも、こちらの都合などお構いなしに、次から次へと皿は投げ入れられて来ます。
いくら皿回しの腕を磨いても、回せる皿の枚数には限界がありますよね。
こうなると、たまったものではありません。
がんばる人の陥りがちな罠は、こんな感じのループを描いていきます。
まじめに頑張って努力しているのに、満足感がない。
↓
その理由をじっくりと考えようとする前に、不安が先行してしまう。
↓ とりあえず目の前にある、すぐに手のつけやすいことをこなして、何かやった気分になろうとする。
多少は良くなるものの、本質的な部分は残ったままなので、状況はそれほど改善しない。
↓ 別の問題が起きて、さらに苦しくなる。
ますます、本質に踏み込む余裕がなくなる。
↓ まじめに頑張って努力しているのに、満足感がない。
↓ 繰り返し。。。
このループのこと考えている時には、いつも曲芸の「皿回し」をイメージしてしまいます。
何枚もの皿を棒の上でクルクル回す、あの芸のことです。
特に、自分で
「あ、今このループにいるな。」
と感じた時などには、
皿が落ちないように、必死にバランスを取って皿を回し続けている自分の姿が、鮮明にイメージできたてしまったりします。
真面目にがんばってるけど、いつの間にか
「がんばって働く=苦労する」
になってしまって、
努力している割には満足感がない、という状況に陥ってしまっている沢山の人達。
僕も、他人のことは言えません。。。
この手の人は、ほぼ同じ様なパターンを辿ります。
「どうして、こうなってしまうのか」とか、「自分がどうありたいのか」といったことをじっくりと考える余裕を持つことができず、
また、時間を取ってこういうことを考えていると、だんだん不安になってきて、
とりあえず目の前にある、すぐに手のつけやすいことから取り組んで、何かをやった気分になって安心してしまうんですね。
本人はいろいろやったつもりなのですが、庭の草むしりをやっているようなもので、むしってもむしっても、雑草はすぐにのびてきます。
そして、さらにがんばってどうにかしようとするけど、すぐに限界に達してしまう。
「定期的に、家族でちょっと贅沢な旅行に行けるようになりたい。」
「悩まなくても、欲しいものが買えるようになりたい。」
「もっと良い家に住みたい。」
「子供の夢を叶えてやれるような、経済的余裕が欲しい。」
そう思って、がんばって働いている人は、僕の周りにも沢山います。
特に、家族のことを思って真面目にがんばっている人は、個人的には大好きなのですが、
残念なことに、いつの間にか
になってしまって、努力している割には満足感がない、という状況に陥ってしまっている人も結構沢山います。
国民生活に関する世論調査によると、30代、40代の人は、約半数の人が
「時間のゆとりがない」
と感じているそうです。
その一方で、「自由時間をもっと増やしたいと思うか? それとも、収入をもっと増やしたいと思うか?」
という質問に対しては、半数以上が
「収入をもっと増やしたい」
と答えており、
「自由時間をもっと増やしたい」
と答えた人の割合を大きく引き離しています。
時間のゆとりは欲しいものの、経済的に厳しく、不安定感が漂う現状では、生活の安定が優先。
忙しくても良いから、がんばって働いて経済的に余裕を持ちたい。
30代、40代の、収入とゆとりに対する要求が真っ向ぶつかり合っている現状が、透けて見える結果ですね。
僕は、ありふれた日本型企業に勤めているサラリーマンです。
夫婦共に会社勤めをしていて、仕事&子育て&家事 に追われる毎日です。共働きの30代、40代は、本当に忙しいですね。この年齢になれば、会社でもそれなりのポジションに就いて、ますます仕事も忙しくなって来るし、
限られた時間の中で家事もこなしていかないといけないし、
子供にも手がかかるしで、
一日があっという間に終わってしまう、という日々を過ごされておられる方が、とても多いのではないかと思います。気がつけば、「忙しい」、「時間がない」という言葉が口癖になってしまっている、なんてことはないでしょうか?